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高円寺 阿波おどり

【高円寺】阿波おどり のびゆく連 

東京高円寺阿波おどり連協会所属連  8月の高円寺阿波おどりの練習にお邪魔しました

高円寺阿波おどりを未来へつなぐ「のびゆく連」

座・高円寺で見た、60年以上受け継がれる子どもたちの笑顔と地域の絆

毎年8月の終わり、高円寺の街は「ヤットサー、ヤットヤット」の掛け声とともに、一年で最も熱い二日間を迎えます。

約1万人もの踊り手が街を埋め尽くし、100万人近い観客が訪れる東京高円寺阿波おどり。今や日本を代表する阿波おどりの一つとして全国に知られています。

しかし、その華やかな舞台の裏側には、何か月にもわたる練習と、地域の人々が長年守り続けてきた文化があります。

今回、まいぷれ杉並区編集部は、その東京高円寺阿波おどりを支える「のびゆく連」の練習を取材するため、座・高円寺地下2階の阿波おどりホールを訪れました。

練習開始前の会場には、すでに多くの子どもたちや保護者、指導者の皆さんが集まり、それぞれ準備を進めています。

「こんにちは!」

元気いっぱいにあいさつをする子どもたち。

それに笑顔で応える大人たち。

どこか懐かしく、温かな空気が流れていました。

阿波おどりというと、どうしても華やかな演舞に目が向きがちです。

しかし、この日目にしたのは、演舞よりもさらに大切な「地域の文化が受け継がれる瞬間」でした。

子どもたちのために生まれた「のびゆく連」

高円寺阿波おどりが始まってから5年後の1962年(昭和37年)。

地域の子どもたちにも阿波おどりを楽しんでもらいたいという想いから誕生したのが、「のびゆく連」です。

現在、高円寺阿波おどり連協会には30を超える連が所属しています。

それぞれに個性や歴史がありますが、「のびゆく連」が他の連と大きく異なるのは、創立当初から子どもたちを中心とした連として歩んできたことです。

連の名前である「のびゆく」には、「子どもたちが健やかに、のびのびと成長してほしい」という願いが込められています。

現在もその理念は変わることなく受け継がれています。

幼稚園児から小学生、中学生まで、多くの子どもたちが主役となり、大人たちはその成長を支えます。

踊りを教えるだけではありません。

あいさつ。

礼儀。

仲間を思いやる気持ち。

最後までやり抜くこと。

こうした人として大切なことも、阿波おどりを通して自然と学んでいきます。

だからこそ、「のびゆく連」は単なる踊りの団体ではありません。

地域で子どもたちを育てる場所であり、高円寺阿波おどりという文化を未来へ受け継ぐ場所でもあるのです。

初めて見た練習風景

練習が始まると、ホールの空気は一変しました。

太鼓の力強い音。

鉦(かね)の澄んだ響き。

笛の音色。

その音に合わせて、一斉に踊り始める子どもたち。

まだ幼い子どももいれば、堂々と踊る中学生の姿もあります。

驚いたのは、その誰もが真剣な表情で踊っていたことでした。

指導する大人たちは、大きな声で叱るのではなく、一人ひとりに優しく寄り添いながら、足の運びや手の動き、姿勢を丁寧に伝えていきます。

失敗しても責めることはありません。

できるまで何度でも挑戦する。

そして、できた時には周囲から自然と笑顔が広がる。

そこには「教える人」と「教えられる人」という関係だけではなく、一つの家族のような温かな空気が流れていました。

            「のびゆく連」 鈴木連長

半世紀以上、「のびゆく連」とともに歩んできた鈴木連長

今回の取材で、ぜひお話を伺いたいと思っていたのが、現在「のびゆく連」を率いる鈴木連長でした。

お話を伺う中で、最も驚いたのは、その歩みです。

連長は、1970年(昭和45年)、幼稚園児の頃に「のびゆく連」へ参加されました。

それ以来、半世紀以上にわたり、阿波おどりとともに歩み続け、現在は連長として多くの子どもたちを見守っています。

このお話を聞いた瞬間、「のびゆく連」という名前の意味を、改めて実感しました。

「子どもが育ち、やがて大人になり、その子どもたちを育てる。」

その循環こそが、「のびゆく連」の歴史そのものなのです。

東京高円寺阿波おどりは、今年で第67回を迎えます。

その長い歴史を支えてきたのは、建物でも制度でもありません。

こうして一人ひとりが文化を受け継ぎ、次の世代へ伝えてきた人々なのだと感じました。

子どもの頃に受け取ったバトンを次の世代へ

幼稚園児だった一人の少年。

初めて法被に袖を通し、先輩たちの背中を見ながら踊りを覚えました。

やがて小学生になり、中学生になり、大人になります。

そして今、その少年は連長として、自分が教わったように子どもたちへ踊りを伝えています。

その姿を見ていると、「文化は人がつくるもの」という言葉の意味がよく分かります。

阿波おどりは、衣装や音楽だけでは成り立ちません。

踊り方。

掛け声。

礼儀。

仲間を思いやる心。

そうした目には見えないものが、人から人へ受け継がれることで初めて文化になります。

連長のお話には、その重みがありました。

「踊り」を教えるのではなく、「人」を育てる

練習を見学していて、もう一つ強く感じたことがあります。

それは、「のびゆく連」が目指しているのは、踊りが上手な子どもを育てることだけではないということです。

練習では、元気なあいさつから始まり、先生や仲間の話をしっかり聞き、一人だけではなく全員で演舞をつくり上げていきます。

時には小さな子どもが踊りを間違えることもあります。

そんな時も、大人たちは厳しく叱るのではなく、「大丈夫、もう一度やってみよう」と優しく声を掛けます。

少しずつできるようになれば、周囲から自然と拍手が起こり、笑顔が広がります。

その様子を見ていると、ここは単なる踊りの練習場ではなく、地域全体で子どもたちの成長を見守る場所なのだと感じました。

家族みんなで支える「のびゆく連」

ホールを見渡すと、踊り手だけではありません。

太鼓や笛、鉦を担当する鳴り物。

子どもたちを支える保護者。

演舞全体を見守る指導者。

一人では決して成り立たない、多くの人たちの協力がありました。

「のびゆく連」は、子どもたちが主役の連ですが、その舞台を支えているのは家族であり、地域の皆さんです。

長年受け継がれてきたこの温かな雰囲気があるからこそ、親から子へ、そしてまた次の世代へと文化が自然に引き継がれていくのでしょう。

練習の合間には、子どもたちの笑い声が響き、大人たちも笑顔で会話を交わします。

しかし、ひとたび練習が始まると空気は一変し、全員が真剣な表情になります。

その切り替えの見事さも、「のびゆく連」が長い歴史の中で築いてきた伝統の一つなのだと感じました。

高円寺の未来は、この子どもたちの中にある

練習を見ながら、ふと連長のお話を思い出しました。

1970年、幼稚園児としてこの連に参加した一人の少年が、今は連長として子どもたちを見守っています。

そう考えると、今、一生懸命踊っている子どもたちの中にも、20年後、30年後、あるいは50年後に、この連を支える人がきっといるのでしょう。

文化は一朝一夕には生まれません。

長い年月をかけ、人から人へ受け継がれることで初めて「地域の宝」になります。

「のびゆく連」は、まさにそのことを私たちに教えてくれる存在でした。

地域文化は、人から人へ受け継がれる

文化というと、私たちは歴史や伝統という言葉を思い浮かべます。

しかし、今回の取材を通して感じたのは、文化とは建物や資料として残るものだけではないということです。

鳴り物の音を覚えること。

踊りの所作を身につけること。

先輩から後輩へ、自然と受け継がれる礼儀や心遣い。

それらは教科書だけでは学ぶことのできない、生きた文化です。

座・高円寺地下2階の阿波おどりホールには、その生きた文化が確かに息づいていました。

小さな子どもたちが真剣な表情で踊り、先輩たちが優しく見守り、保護者や指導者が温かく支える。

その光景は、阿波おどりの練習という枠を超え、高円寺という地域が未来へ受け継いでいく財産そのもののように感じられました。

毎年8月、私たちが街で目にする華やかな演舞は、こうした日々の積み重ねの先にあります。

そして、その一歩一歩の積み重ねがあるからこそ、東京高円寺阿波おどりは67回という長い歴史を刻み、多くの人々に愛され続けているのでしょう。

高円寺の夏は、今年も子どもたちの笑顔とともに

今年も東京高円寺阿波おどりの季節がやってきます。

沿道で演舞をご覧になる際には、ぜひ子どもたちの表情にも注目してみてください。

笑顔で踊る子。

真剣な表情で踊る子。

少し緊張しながらも、一生懸命前を向いて歩く子。

その一人ひとりが、「のびゆく連」の未来であり、高円寺阿波おどりの未来でもあります。

そして、何十年か後には、その中から新たな指導者や連長が生まれ、また次の世代へ文化を受け継いでいくのかもしれません。

そう思いながら演舞を見ると、一つひとつの踊りがより一層味わい深く感じられることでしょう。

編集後記

今回の取材では、練習風景を見学させていただくだけでなく、まいぷれ杉並区編集部員が女踊りをご指導いただくという、思いがけない貴重な体験もさせていただきました。

先生は笑顔で、「基本的には、手を開いて閉じるだけですよ。」と声を掛けてくださいました。

「それなら私にもできるかもしれない」。そんな気持ちで挑戦してみたものの、実際はまったく思うようには踊れません。

指先の動き、手首の柔らかな返し、美しい姿勢、歩幅、重心、そして視線。その一つひとつが自然に調和して初めて、私たちが見ていた優雅な女踊りになることを身をもって知りました。

練習を見学していた時には「きれいだな」と感じていた踊りが、自分で体験した後では「これは本当にすごい技術なんだ」と、その見え方が大きく変わりました。

今回の取材を通して改めて感じたのは、東京高円寺阿波おどりの魅力は、華やかな演舞だけではないということです。

日々積み重ねられる練習、子どもたちを温かく見守る大人たち、そして半世紀以上にわたり受け継がれてきた地域の想い。そのすべてが一つになって、あの感動的な舞台が生まれているのだと実感しました。

来月開催される東京高円寺阿波おどりでは、ぜひ踊りの美しさだけでなく、その背景にある人々の努力や歴史にも思いを巡らせながら、ご覧いただければ幸いです。

最後になりましたが、お忙しい中にもかかわらず快く取材にご協力くださいました「のびゆく連」の皆様、そして貴重な機会をご用意くださいました東京高円寺阿波おどり振興協会の皆様に、まいぷれ杉並区編集部一同、心より御礼申し上げます。

高円寺の大切な文化が、これからも次の世代へ受け継がれ、さらに多くの人々に愛され続けることを願っています。

※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。