地元暮らしをちょっぴり楽しくするようなオリジナル情報なら、杉並区の地域情報サイト「まいぷれ」!
文字サイズ文字を小さくする文字を大きくする

杉並区の地域情報サイト「まいぷれ」杉並区

まいぷれ杉並区スタッフが行った!みた・きいた!

【阿佐ヶ谷】 第九回 阿佐谷薪能 阿佐ヶ谷神明宮 能楽殿で「能」観賞をしました!

篝火に浮かぶ幽玄の世界、阿佐谷薪能と、地域に息づく日本文化

提供:あさがや能・狂言の会 事務局

開場・開演時間
17時半開場:18時開演

出演:
狂言方大蔵流 山本 東次郎[重要無形文化財保持者(各個認定)(人間国宝)杉並区名誉区民]、
シテ方観世流 小早川 修[重要無形文化財保持者(総合認定)] ほか

演目:
狂言「素袍落(すおうおとし)」
能「自然居士(じねんこじ)」


阿佐谷薪能とは
阿佐谷薪能は、平安時代に起源を持つ神事・仏事としての薪能の形式を踏まえ、能・狂言を野外で上演する公演として、毎年5月に阿佐ヶ谷神明宮の野外能楽殿にて実施されている行事です。篝火を焚き、夜間の屋外空間で上演される薪能は、屋内能楽堂とは異なる伝統的な能楽の形態の一つです。

本公演は、地元有志による「あさがや能・狂言の会」が主催し、地域に古典芸能に触れる機会をつくることを目的として活動しています。

重要無形文化財保持者であるシテ方観世流・小早川修氏を中心に、能楽の各流派を代表する能楽師を迎え、阿佐ヶ谷神明宮の野外能楽殿にて上演を行っています。また、小中学生を対象とした無料稽古や子ども仕舞の披露など、次世代への継承にも取り組んでいます。


演目 あらすじ

狂言「素袍落(すおうおとし)」
伊勢参りを思い立った主人は、伯父を誘うために太郎冠者を遣いに出す。伯父は同行できないものの、門出の祝いとして酒を振舞い、代参を頼んで素袍を託す。酔いの回った太郎冠者は支離滅裂な状態となり……。

能「自然居士(じねんこじ)」
説法を行う自然居士のもとに、少女が両親の追善供養のため小袖を捧げる。少女は人買いに身を売っており、連れ去られてしまう。居士は少女を救おうと追いかけ、琵琶湖で追いつき船に乗り移り少女を取り戻そうとする。人買いは困惑し、返す条件として様々な芸を居士にさせる。最終的に少女を救い出し都へ戻る物語。

篝火点火の儀と阿佐谷薪能の魅力

阿佐谷薪能の大きな見どころの一つが、「篝火点火の儀」です。まだ空にわずかな明るさが残る夕暮れ時、神官や巫女が静かに現れ、松明によって篝火へ火が灯されてゆきます。その瞬間、それまでの神社の空気がゆっくりと変化し、会場全体が日常から切り離された特別な空間へと変わってゆきます。

夕暮れから夜へ移り変わる空の色、篝火の揺らめき、そして次第に深まってゆく静寂。その流れそのものが、単なる開演前の演出ではなく、一つの儀式体験として来場者の感覚に深く刻まれてゆきます。


阿佐谷薪能の魅力は、能を「知識として鑑賞する」ことではなく、その場の空気ごと身体で感じることにあります。

実際に現地へ足を運ぶと、篝火の炎の匂い、夜風に揺れる木々の音、鼓の低い振動、張りつめた静寂、そして能面が見せる怖さと美しさが、理屈ではなく身体感覚として伝わってきます。

都会の中にありながら、そこにはまるで別世界のような時間が流れており、能をよく知らない人であっても、「何か特別なものを見た」という深い余韻を感じやすいのが阿佐谷薪能の大きな特徴です。

特に篝火が灯された後の能舞台は、炎の陰影によって演者の動きや面の表情が刻々と変化し、昼間の舞台では決して味わえない幽玄の世界を生み出します。その幻想的な空気の中で、観客自身もまた、静かに物語の世界へ引き込まれてゆくのです。

シテ方観世流

小早川 修

[重要無形文化財保持者(総合認定)]

小早川 修氏について

小早川 修氏は、能において物語の中心を担う「シテ」を務め、静かな所作の中に人物の感情や祈りを立ち上げる繊細な表現を持ち味としています。

伝統的な上演を大切にしながらも、現代の観客へどのように能の本質を届けるかを常に問い続け、音楽や文学との関係性にも目を向けた舞台づくりを行ってきました。

また、約20年にわたり阿佐谷の地で児童を対象とした能講座を継続的に実施し、伝統芸能を通じた地域文化の継承や教育活動にも深く関わっています。

現代邦楽との共演なども積極的に行い、能を単なる古典芸能としてではなく、「今を生きる私たちが向き合う物語」として提示し続けています。

次世代への継承と、能の新たな入り口づくりにも力を注いでおり、その活動は地域文化振興の面からも高く評価されています。


師事:
祖父 小早川泰士氏、浅見真高氏

学歴:
東京芸術大学大学院 修了

狂言方大蔵流

山本 東次郎

(やまもと とうじろう)


人間国宝(重要無形文化財保持者)

山本東次郎家 四世

杉並区名誉区民

山本東次郎氏について

山本東次郎氏は、室町時代より六百年以上にわたり受け継がれてきた狂言大蔵流の正統を継承する名門・山本家に生まれ、幼少より研鑽を積んできました。

格調高く洗練された芸風と、狂言の本質を体現する確かな技によって、日本を代表する狂言師として高い評価を受けています。

また、古典狂言の厳格な継承に加え、新作狂言の創作や教育・普及活動にも尽力。国内外での公演や指導を通じて、能・狂言文化の価値を広く発信し続けています。

その長年の功績により、人間国宝(重要無形文化財保持者・各個認定)に認定されるとともに、杉並区名誉区民としても顕彰されています。

地域の有志によって構成され、伝統芸能を地域に根差して継承・発信することを理念とする「あさがや能・狂言の会」の活動趣旨にも深く共感され、今回の阿佐谷薪能への出演が実現しました。

狂言「素袍落(すおうおとし)」について

今回の阿佐谷薪能で上演された狂言は、「素袍落(すおうおとし)」です。狂言は、能と対になる日本の伝統芸能であり、幽玄で厳粛な世界を描く能に対し、人間の日常や滑稽さ、可笑しみを描くことを特徴としています。「素袍落」もまた、狂言らしいユーモアと人間味にあふれた演目です。


題名にある「素袍(すおう)」とは、室町時代頃の男性用礼装のことで、現在で言えば少し格式の高い外出着のような存在です。武士や身分のある人物が着用する衣装であり、「素袍落」という題名には、礼装を失ってしまうという意味が込められています。この時点ですでに、どこか滑稽で人間臭い物語であることが感じられます。

物語は、ある男が知人から素袍を借り、それを身につけて嬉しそうに出かけるところから始まります。しかし途中で酒宴となり、気分良く酔った男は、調子に乗って舞い踊るうちに、大切な素袍を失ってしまいます。その後、失くしたことを隠そうとしたり、その場を取り繕おうとしたりする姿が、狂言特有の軽妙なやり取りの中で描かれてゆきます。

登場人物たちは決して悪人ではなく、どこか抜けていて、人間らしく愛嬌があります。そのため観客も、「こんな失敗は誰にでもあるかもしれない」と感じながら、自然と笑いに引き込まれてゆきます。


「素袍落」の魅力は、格式ある世界を背景にしながらも、人間の弱さや可笑しみを親しみやすく描いている点にあります。能が静の芸術だとすれば、狂言は動の芸術とも言われ、テンポの良い会話や豊かな表情、時に大げさな動きによって、観客との距離が近く感じられるのも特徴です。

特に阿佐谷薪能のような野外空間で演じられる狂言は、篝火の揺らめきや夜風、神社の静けさも相まって、どこか昔話を囲炉裏端で聞いているような温かさがあります。幽玄な能の世界へ向かう前に、人間らしい笑いと温もりを感じさせてくれることも、「素袍落」が多くの人に親しまれている理由の一つと言えるでしょう。

阿佐谷こども能

阿佐谷こども能とは

「阿佐谷こども能」は、阿佐ヶ谷神明宮で開催される「阿佐谷薪能」と連動して行われている、子どもたちのための能楽体験・文化継承事業です。正式には「子ども能講座」「子ども仕舞」などの名称で案内されることもあり、阿佐谷薪能を主催する「あさがや能・狂言の会」を中心に運営されています。

この取り組みは、単なる習い事や体験イベントではありません。地域の子どもたちが、日本の伝統芸能である能楽に実際に触れ、本物の舞台で学び、披露するという、非常に本格的な文化教育活動として続けられています。


その根底には、「日本文化を次世代へ伝える」という明確な理念があります。能楽は単なる古典芸能ではなく、日本人が長い年月をかけて育んできた美意識や精神文化を色濃く残す芸術です。そのため阿佐谷こども能では、技術だけを教えるのではなく、静けさや礼節、集中力、呼吸、間合いといった、日本独特の感覚を子どもたちに体験として学んでもらうことが大切にされています。

現代では、能や狂言に触れる機会は決して多くありません。しかし阿佐谷こども能では、地域に暮らす子どもたちが、神社という特別な空間の中で、日本古来の身体感覚や精神性に触れることができる貴重な場となっています。

また、公式にも「豊かな心を育む」「日本文化への理解を深める」「地域文化を継承する」といった目的が掲げられており、教育的な意味合いも非常に強い活動となっています。


阿佐谷こども能の大きな特徴は、知識として伝統文化を学ぶのではなく、身体を通して日本文化を学ぶことにあります。実際の所作や発声、舞台での立ち振る舞いを通して、子どもたちは日本文化の奥深さを自然に体験してゆくのです。

何を学ぶのか

阿佐谷こども能では、主に「謡(うたい)」と「仕舞(しまい)」を学びます。謡では、能独特の節回しで言葉を声に出し、普段の会話や歌とはまったく異なる発声を通して、呼吸や声の響かせ方、日本語の古い言葉の響きに触れてゆきます。

一方の仕舞では、能の舞の一部を抜粋した形で演じます。歩き方、姿勢、扇の扱い方、身体の向き、静止の仕方など、一つひとつの所作に意味があり、能では「どう動くか」だけでなく、「どう静かに存在するか」がとても大切にされています。そのため子どもたちは、稽古を通して自然と集中力や身体感覚を養い、落ち着きや礼節を身につけてゆきます。

派手さよりも“余白”や“静けさ”を大切にする能の世界は、現代の子どもたちにとって非常に新鮮な体験となっています。


こうした指導には、本職の能楽師たちが参加しています。阿佐谷薪能では、観世流シテ方能楽師であり重要無形文化財総合指定保持者でもある小早川修氏、小早川康充氏らをはじめ、第一線で活躍する能楽師たちが関わっており、地域講座でありながら本物の能楽師から直接学べるという極めて貴重な環境が整えられています。

子どもたちは、映像や教科書ではなく、実際の能楽師の声や動き、舞台に漂う空気感を間近で感じながら学んでゆきます。その経験そのものが、日本文化と深くつながる大切な機会となっているのです。

本番の薪能で披露する

阿佐谷こども能最大の特徴は、稽古だけで終わらないことにあります。

子どもたちは、半年近く積み重ねてきた成果を、実際の「阿佐谷薪能」の舞台で披露します。しかも、その舞台は阿佐ヶ谷神明宮の本格的な能楽殿であり、多くの観客が見守る正式な薪能公演の一部として組み込まれています。


つまり、単なる子どもの発表会ではなく、本物の伝統芸能の舞台の中で演じるという極めて特別な経験なのです。

篝火に照らされた舞台に立ち、静かな緊張感の中で舞う子どもたちの姿には、単なる習い事ではない重みがあります。

また、その経験は子ども本人だけでなく、保護者や地域住民にとっても深い感動を与えるものとなっています。

なぜ価値が高いのか

現代では、能楽に触れる機会そのものが少なくなっているだけでなく、日本文化特有の身体感覚や礼節、静かな集中力を学ぶ場も次第に減りつつあります。

そのような中で阿佐谷こども能は、単なる伝統芸能体験ではなく、日本文化の根底にある感覚を、実際の体験を通して学べる非常に貴重な取り組みとなっています。

姿勢を整えること、呼吸を合わせること、静かに相手を待つこと、間を感じること。そうした一見小さな積み重ねの中には、日本文化特有の精神性が息づいています。阿佐谷こども能は、それを教科書ではなく身体で学ぶ場として存在しているのです。


また、この活動は地域文化としても非常に大きな意味を持っています。神社、能楽師、地域住民、保護者、実行委員会、そして子どもたちが一体となって一つの舞台を支えている姿は、日本の伝統芸能が本来持っていた「共同体文化」の形にも通じています。

単に舞台を鑑賞するのではなく、地域全体で文化を育て、守り、次世代へ受け継いでゆく。その構造そのものが、阿佐谷こども能の大きな価値と言えるでしょう。

特に都市部において、このような形で本格的な伝統芸能継承が継続的に行われている例は決して多くなく、阿佐谷こども能は杉並区を代表する文化的取り組みの一つとなっています。

編集後記

今回、阿佐谷薪能を実際に拝見し、率直に「能とは、ただ観るものではなく、空気ごと体験する芸能なのだ」と強く感じました。

会場となった阿佐ヶ谷神明宮には、開演前からどこか特別な静けさが漂っており、篝火点火の儀が始まると、その空気はさらに大きく変化してゆきます。夕暮れから夜へ移り変わる空、炎の揺らめき、木々を渡る風、鼓の響き。そのすべてが一体となり、まるで神社全体が舞台になったかのような感覚がありました。

特に印象的だったのは、「静けさ」の力です。現代は常に情報や音に囲まれていますが、能の舞台では“動かないこと”や“間”そのものに意味があり、その静寂の中にこそ深い緊張感と美しさが宿っていました。


また、阿佐谷こども能の存在にも大きな感動を覚えました。地域の子どもたちが、本物の能楽師から学び、実際の薪能の舞台に立つ。その姿には単なる発表会ではない、日本文化を次世代へ受け継いでゆこうとする強い意志が感じられました。

都市部では、こうした伝統文化に直接触れる機会は決して多くありません。しかし阿佐谷薪能は、地域と神社、能楽師、そして子どもたちが一体となり、文化を“今も生きたもの”として守り続けている貴重な場だと思います。

今回の取材を通して、私自身も改めて、日本文化の奥深さと美しさに触れることができました。能を詳しく知らない方でも、きっと「何か特別な時間を過ごした」と感じられる——阿佐谷薪能は、そんな力を持った催しだと感じています。

※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。

人気のキーワード