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【方南町】釜寺 東運寺

更新)

屋根に釜、伝説と文化が息づく「釜寺」

東運寺(通称「釜寺」)の本堂が見えてきます。本堂の屋根の上には、伝説にちなんだ大きな釜が設置されております

東運寺(釜寺)の由緒

 

東運寺は、天正元年(1573年)、備前(現在の岡山県)の僧・一安上人が、安寿と厨子王の守り本尊「身代り地蔵尊」を奉じて当地を訪れたことに始まります。これに帰依した方南の大地主・鈴木伊兵衛が屋敷を寄進し、念仏堂を建立したのが当寺の創建と伝えられています。その後、大正11年(1922年)に下谷入谷町にあった東運寺(慶安4年〈1651年〉開山)と合併し、現在の「念仏山 東運寺」となりました。

東運寺の正面は、静かな住宅街の中にひっそりと佇む、趣のある佇まいが特徴です

寺院の名称を示す石碑であり、訪れる人々を迎える象徴的な存在です

「釜寺」の由来

 

かっこ釜寺」という通称は、安寿と厨子王の伝説に由来します。山椒太夫に釜ゆでにされそうになった厨子王を、お坊さんの姿になった「身代り地蔵尊」が助けたという言い伝えがあり、それにちなんで本堂の屋根に大きな釜が置かれています。現在の釜は、昭和20年(1945年)の戦災で本堂が焼失した後、檀信徒によって寄進されたもので、米一俵(約60kg)を炊くことができる大きさです。

東運寺の歴史や由緒を伝える説明板

東運寺は、天正元年、備前の僧・一安上人が、安寿と厨子王の守り本尊を奉じて当地を訪れたことに始まります。これに帰依した方南の大地主・鈴木伊兵衛が屋敷を寄進し、念仏堂を建立したのが創建と伝えられています

米一俵(約60kg)を炊くことができる釜

 

 

釜寺という通称は、安寿と厨子王の伝説に由来します。山椒太夫に釜ゆでにされそうになった厨子王を、お坊さんの姿になった身代り地蔵尊が助けたという言い伝えがあり、本堂の屋根に大きな釜が置かれています

楷樹(かいのき)は境内に数株植えられています

中国山東省の孔子家から贈られた銘木

東運寺の境内で出会った「楷(かい)の木」孔子の家から贈られた、日本には希少な木

 

楷の木は、中国山東省の曲阜(きょくふ)儒教の祖・孔子の故郷に自生する落葉高木。
なんと、東運寺に植えられている楷の木は、孔子家から日本に贈られたものと伝えられているのです。

学問と道徳を重んじる孔子の精神を体現する木として、中国では古くから「礼の木」「学問の木」として敬われています。
葉の形が整い、秋には美しい紅葉を見せることから、「規律と品位の象徴」ともいわれます。

文化財と見どころ

山門:元は一関藩主・田村右京太夫の江戸屋敷の脇門で、浅野内匠頭が切腹の際に通ったと伝えられています。
半鐘:元禄2年(1689年)300年以上も前の鐘が今も残る貴重な文化財です。
庚申塔・石仏:江戸初期から中期の庚申塔や石仏が境内に点在しています。
楷樹(かいのき):中国山東省の孔子家から贈られた銘木で、境内に数株植えられています。

これらの説明は、杉並区教育委員会によって設置された案内板に記載されており、訪れる方々に東運寺の歴史や文化を伝えています。東運寺を訪れた際には、ぜひこの説明板にも目を通してみてください。

※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。

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