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★日本のヨーデルの第一人者 杉並区を拠点に活動する北川桜さん★

北川桜さん

・杉並区在住
・国立音楽大学 声楽科卒業
・二期会会員
・スイスヨーデルフェスト最高クラス認定(複数回)
・日本人初 スイスでヨーデルCD出版
・ミュンヘン・オクトーバーフェスト出演(アジア人初)
・NHK Eテレほか多数出演
・エーデルワイスムジカンテン主宰

日本のヨーデルの第一人者、杉並区を拠点に活動する北川桜さん

アルプスの山々に響く不思議な歌声「ヨーデル」。
その世界を日本で長年にわたり第一線で伝え続け、本場スイスでも高い評価を受けているのが、杉並区を拠点に活動するヨーデル歌手・北川桜さんです。

スイス連邦ヨーデルフェスト最高評価「エルステクラス(1級)」の獲得をはじめ、ドイツ・ミュンヘンのオクトーバーフェスト出演、日本人初となるスイスでのヨーデルCD出版など、その活動は国内にとどまらず海外にも広がっています。

一方で現在は、杉並区内のお寺や教会、地域施設などでも積極的にコンサートを行い、「人と人がつながる音楽」としてヨーデルを地域に届け続けています。

幼い頃にスイスで出会った一つの歌声が、どのように人生そのものになっていったのか。
そして、なぜ今も杉並という街を大切にしながら歌い続けているのか。

そんな北川さんにお話をお伺いしました。

はじまりは、6歳のときに聴いた「あの体験」でした

こんにちは。
杉並区を拠点に活動しております、ヨーデル歌手の北川桜です。

今回は、私がどのようにヨーデルと出会い、なぜ今もこの杉並という街で活動を続けているのか、お話しさせていただけたらと思います。

私は杉並区成田東で生まれ育ちました。
3歳からピアノを始め、合唱団や演劇など、子どもの頃から常に音楽と一緒にある環境で育ってきました。

ただ、私の人生を決定づけた原点は、6歳の時に両親が連れて行ってくれたスイスにあります。

 

デンマーク、イタリア、フランスなど様々な国を巡りましたが、子ども心に最も強く惹かれたのがスイスでした。

緑の草原、窓辺に花が飾られた家々、アルプスの空気。
そして、そこで訪れたビアホールで、私は初めてヨーデルに出会いました。

音楽に合わせて、その場にいた人たちが腕を組み、みんなで踊り、笑い合っている。
言葉も国も違うのに、音楽だけで人が一つになっている光景に、幼い私は強く心を動かされました。

実はその時、民族衣装も買ってもらったんです。
それが本当に嬉しくて、毎日のように着ていました。でも翌年にはもう小さくなってしまって着られなくなってしまった。

でも、「あの景色が好きだった」「あの空気が好きだった」という感覚だけは、ずっと心の中に残っていたんですね。

声楽からヨーデルへ

私は和光学園へ進学しました。

和光学園は、本当に自由な学校でした。
「好きなことを好きなだけやりなさい」という空気があって、私は合唱や演劇に夢中になっていました。

合唱もお芝居も大好きでした。
動きのある役や、ちょっと個性的な役をやるのも好きでしたね。

高校時代には『サウンド・オブ・ミュージック』や『大草原の小さな家』の世界観に強く惹かれていて、ローラみたいな服を着ていた時期もありました。

大学は国立音楽大学の声楽科へ進学し、本格的にクラシックを学びました。
卒業後は二期会オペラの研究生として活動しながら、オペラやミュージカルの世界へ進んでいきました。

当時は、「もっとオペラをやりたい」という気持ちでいっぱいでしたね。

人生の転機は、あるビアホールで突然やってきました

新宿にあった「ホフブロイハウス トウキョウ」というドイツ系ビアホールで、歌の仕事のお話をいただいたんです。

そこでは、ビアソングやポルカなどを歌いながら、お客様と一緒に盛り上がるステージが行われていました。

私はもともと、歌うだけではなく、場を盛り上げたり、お客様と一緒に空気を作ることが好きだったので、その仕事がすごく楽しかったんですね。

そんな中、本場ドイツからヨーデル歌手が来日したんです。

250席ある会場が満席になり、アップテンポの音楽に合わせて、お客様全員が立ち上がり、肩を組み、踊り出す。

その瞬間、私は思いました。

「これだ。」

理屈ではなく、人と人が音楽でつながる。
笑顔が生まれ、空気が変わっていく。

さっきまで会社の愚痴を言っていた人たちが、ヨーデルが始まった瞬間に笑顔になるんです。

「こんなに人を幸せにできる音楽があるんだ。」
私は強くそう感じました。

歌えて温かい人の交流があり、自然もあり、とても幸せです。

本場ヨーロッパでの挑戦

そこから私は、本格的にヨーデルを学び始めました。

ただ、当時は今みたいにYouTubeもありません。
情報もほとんどない時代でした。

いきなりドイツ大使館へ電話をしたり、航空会社へ問い合わせたり、「ヨーデルをやりたいんですけど、誰か知りませんか?」と聞き回ったり、本当に手探りでした。

でも、「どうしても本場で学びたい」という想いだけは強かったんです。

1992年からは毎年、仕事の合間を縫ってスイスやドイツへ渡り、2週間から1カ月ほど滞在しながら、現地で学び続けました。

マリーテレーズ・フォン・グンテン氏をはじめ、多くの先生方に師事し、現地の音楽、文化、空気そのものを身体で覚えていきました。

ドイツ、スイス、オーストリアでは、ヨーデルの文化も全く違います。

ドイツはビアホール文化の中で発展した盛り上げる音楽。
スイスは自然や合唱文化に根差した、響きを大切にする音楽。

私は、そのどちらも好きなんです。

エーデルワイスムジカンテンとして

1994年には、「ヨーデル北川桜とエーデルワイスムジカンテン」を結成しました。

ビアホール、小学校、ホールコンサート、自治体イベント、企業イベント。

北海道から沖縄まで、日本全国を回りながら活動してきました。

アコーディオン、アルプホルン、カウベル、トロンボーンなど、アルプスの民族楽器を取り入れながら、参加型の音楽としてヨーデルを届けています。

ただ聴くだけではなく、一緒に手拍子をしたり、声を出したり、踊ったりする。

それが私たちのスタイルです。

スイスの新聞にとりあげられました

SRF 「ポッツムジーク」歌謡番組に出演

上高地 山の日イベント

スイス連邦ヨーデルフェストでの挑戦

2008年には、スイス連邦ヨーデルフェストに初出場しました。

これは、スイス国内でも非常に権威ある大会です。

そこで、最高評価である「エルステクラス(1級)」をいただくことができました。

さらにその後も、同等の評価を複数回いただき、現地のテレビやラジオにも出演させていただきました。

2009年には、日本人として初めて、スイスでヨーデルCDを出版することもできました。

また、ドイツ・ミュンヘンのオクトーバーフェストでは、アジア人ヨーデル歌手として初めてステージに立たせていただき、6,000人以上のお客様の前で歌わせていただきました。

言葉も文化も違う中で、それでも音楽だけで人と人がつながる。

私は、その瞬間に何度も救われてきました。

※ヨーデルの衣装について

ヨーデルといえば、その独特な歌唱法とともに印象的なのが「アルプスの民族衣装」です。
見た目の華やかさだけでなく、歴史や文化的背景を持つ衣装でもあります。

 

女性の衣装「ディアンドル(Dirndl)」

女性が着用する代表的な衣装は「ディアンドル」と呼ばれるものです。

もともとはアルプス地方の農村で着られていた作業着が起源で、現在では伝統衣装として発展しました。

特徴としては、
・白いブラウス
・胸元を締めるビスチェ(上衣)
・ふんわりとしたスカート
・エプロン

という構成で、体のラインを美しく見せるデザインになっています。

また、エプロンのリボンの結び方には意味があり、
右結び=既婚、左結び=未婚 といった文化的なサインも存在します。

色使いは地域によって異なり、鮮やかな赤や緑、青などが多く、ステージでは華やかな印象を与えます。

 

男性の衣装「レーダーホーゼン(Lederhosen)」

男性の代表的な衣装は「レーダーホーゼン」と呼ばれる革の半ズボンです。

もともとは山岳地帯での作業着として使われていたもので、丈夫な革素材で作られています。

主な特徴は、
・サスペンダー付きの革の半ズボン
・チェック柄のシャツ
・ハイソックス
・登山靴風の靴

といった構成です。

装飾として刺繍が施されていることも多く、地域ごとの個性が表れます。

コロナ禍、そして杉並へ

2019年までは、本当に全国を飛び回る毎日でした。

でも、コロナ禍で全てが止まりました。

人が集まれない。
イベントがなくなる。
ビアホールも閉まる。

演奏の仕事はゼロになりました。

文化庁の補助金などを活用しながら、何とか仲間たちと生き延びてきた、というのが正直なところです。

でも、その時間があったからこそ、私は改めて杉並と向き合うことになりました。

それまで杉並は、「寝に帰る場所」だったんです。

でも、お寺や教会、地域の方々に助けていただきながら、杉並で自主公演を重ねるようになりました。

すると、小学校時代の友人や、昔から知っている方々が声をかけてくださるようになったんです。

「桜ちゃん、今度ここで歌わない?」「うちの会にも来てよ。」

そこから、今の杉並での活動が始まっていきました。

♪ CONCERT ♪

ヨーデル北川桜とエーデルワイスムジカンテン

お寺でヨーデルコンサート♪ 観泉寺 Vol.1

2026年5月30日(土) 10時30分~

会場:杉並 宝珠山 観泉寺 ホール
(杉並区今川2-20-7)

杉並という街

私は今、「気づけば、自分に必要なものは全部ここにあったんだな」と思っています。

都会なのに、緑が沢山あり、鳥や虫などが沢山住んでいて、 癒される空間がある事がとても気に入っています。 私のお気に入りは、 子どものころから毎日散歩に行っていた和田堀公園です
タクシーに乗れば「桜ちゃん」と声をかけてもらえる。

全部のものが、この街にあった。

だから、今は杉並にいることが、とても幸せなんです。

特に和田堀公園は、小さい頃からずっと好きな場所です。
今でもここで稽古をしたりしています。

もちろん、スイスも大好きです。
でも、私はこの杉並という街が、本当に好きなんです。

北川さんより これからについて

杉並の緑地帯などで、コンサートではなく、「 聞こえてくる音楽」 を杉並在住のアーティストの方々とで出来たらなど考えています。お散歩すると聞こえてくる生の音、楽器だったり歌だったり。
そのお散歩はクアオルトのように 体を癒していく、という発想です。

アルプスの音楽は万人受けすると思うので、癒しと楽しさを提供出来たらと考えています。

編集後記

今回、北川桜さんのお話をお伺いして強く感じたのは、「ヨーデル」という音楽が、単なる珍しい歌唱技術ではなく、人と人をつなぐための文化そのものなのだということでした。

取材前の私は、正直に言えば「ヨーデル=アルプスの歌」という漠然としたイメージしか持っていませんでした。ところが実際にお話をお聞きすると、その背景にはスイスやドイツの暮らし、ビアホール文化、人々の交流、そして長い歴史の積み重ねがあり、単純な音楽ジャンルでは語れない奥深さがあることに驚かされました。

特に印象的だったのは、北川さんが繰り返し語られていた「人を楽しませたい」という言葉です。

クラシック音楽の道を歩みながらも、250人の観客が一斉に立ち上がり、肩を組み、笑顔になっていくビアホールの光景に衝撃を受け、「これだ」と感じたというお話には、北川さんの音楽人生の本質が詰まっているように感じました。

実際、今回の取材中も、北川さんは終始とても明るく、サービス精神にあふれ、こちらまで自然と笑顔になるような空気を作ってくださいました。話し方や表情、身振りの一つひとつから、「音楽で人を元気にしたい」という想いが伝わってきます。

また、本場スイスやドイツで学びながらも、最終的に「杉並が好き」「全部ここにあった」と語られていたことも非常に印象的でした。

世界を見た上で、自分が生まれ育った街へ戻り、その土地で音楽を届け続けている。その姿には、単なる海外志向ではない、深い地域愛と人生の円熟を感じます。

現在、北川さんは杉並区内のお寺や教会、地域イベントなどでも積極的に活動されていますが、ヨーデルという音楽は、実際に生で聴くと空気そのものが変わるような不思議な力があります。

声が空間を突き抜け、人の心を開き、知らない人同士が自然と笑顔になっていく。その感覚は、動画や音源だけではなかなか伝わりきらないものかもしれません。

だからこそ、ぜひ一度、北川桜さんの生のステージを体験してみてください。

杉並という街の中で、アルプスの風を感じるような時間に出会えるかもしれません。

※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。

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